QB5 株式会社キュービーファイブ

コラム

2016.05.09

こだわりとかかわり

 今年は申年。私は年女。つい先日誕生日を迎えました。今年は、仙台事務センターの開設にともない、仙台に行くことが多くなりました。5月からスタートした、住民税税額変更の業務は、大半を仙台で行うためその準備や人材確保のためGW前には仙台入りしていました。東北新幹線のはやぶさ号ができてからは、東京からなんと1時間半で仙台まで着いてしまいます。仙台はこの近さも非常に魅力的です。紙処理の業務が大半であるため、陸路で1時間半、そして、人件費、地代家賃と東京と比較すると3割安はさらに魅力的。緑も多く人柄も良い仙台を私はこよなく愛しています。
 
 今回の出張のスケジュールはGW前半休みの前まで仙台に滞在、なか日の5月2日には、また仙台に出勤という日程だったもので、いつも通り過ぎてしまう実家の宇都宮に帰ってみようかなと思いました。そして、宇都宮から仙台にいったら近いのでは?とも(実際には、宇都宮から仙台まで1時間20分だったので東京からとあまり変わりませんでしたが・・・)久々に親孝行をしてという狙いもありましたが、何をしてあげられるわけでもなく、また、元気な顔をみせるだけになってしまうかな?と思って父に電話をしたら非常に喜んでくれたのでとりあえず、父の大好きな仙台の日本酒をお土産に新幹線に乗りました。会社をはじめて15年、東京に来てからは年に一度のお正月しか帰省できていません。仙台出張が重なり、途中で宇都宮を通りすぎ、懐かしい風景をみていたのでそういう気持ちになったのかもしれません。3日間、宇都宮にいることができました。近所の幼馴染に声をかけ久々に会うことになりました。中学のプチ同窓会です。数人がすぐ集まりました。中学卒業以来33年ぶりに再会する友達もいて非常にワクワクしました。再会して、10分もたたないうちに、昔にすっかりもどってしまいました。気心が知れているというのは、本当に恐ろしいくらい親しみがあります。小さいころの自分を知っているからか皆等身大で素の自分をさらけだしている。みんな歳はとったけど変わっていません。口々に「全然かわってないね」と。私は学級委員長だったので、委員長といわれ気恥ずかしくて。でも結局いまも会社は40人くらい、中学の時のクラスも40人くらい。クラスをまとめようといろんなことをしていた自分を思い出し、今と同じことやってる・・と一人クスリを笑ってしまいました。そういう点でも本当に変わってない・・・その中で何人か芸術肌の仕事をしている人がいてその方々もほんとうに変わってない。昔からサラリーマンになるという感じが全然しなかった。好きなことを仕事にという感じで。一人は写真家、もう一人は音楽と猟師という。彼の好きな言葉には笑える。「人生アドリブ」彼にぴったりの言葉。彼は実家が本屋さんで、中学時代は発売前の漫画や雑誌をクラスにもってきては回し読みしたり、ある時はパーマンのポスターをクラスの天井いっぱいにはって、景色の違いを楽しんでいたり、近所の雑木林で迷彩色の上下を来て、仲間を引き連れ戦争ごっこ(サバゲーのはしり?)をしていたりといつも青春を謳歌していました。現在は、ハンター雑誌の記者をしたり、サバゲーの取材をしたりそれから大物歌手の後ろでトランペットを演奏したり、好きなことにこだわった人生をおくっています。そんなところも、本当に変わってない。いつも人を楽しませる何かをもっていました。今もそれは全然変わってない。何十年もあっていなかった私たちのために場を設定し私たちの話を一人ひとり真剣にきいてくれて人生アドリブの彼は常にアドリブは真剣なんです。いい加減でない。そこが変わらない。素敵な生き方だと思います。人生を満喫するとはまさにこのこと。私のこの15年を振り返るといつも部活動の延長でテニス部のキャプテンだった私は、自分が一番強く、皆の手本になる練習量と質を意識し頑張っていたように思います。中学、高校と6年間、365日テニスをしました。今、そんな練習をしたら学校の先生が怒られてしまいますよね。でも昔は、学校もおおらかで頑張っている生徒を先生も家族もみんな応援してくました。一日も休まないこと。これが私の基本になりました。そして、今も同じだなーと。「継続は力なり」これが私のモットーでできないことでも継続していくことでできるようになる。目指すべきことは絶対にあきらめない。このあたりが昔と全然変わっていないこだわりなんだと思います。でもそれがなぜ継続できたのか?先日あつまったプチ同窓会のみんなも同じです。今回は来られなかったけどもう一人異色な人生を歩んでいる仲間がいます。オーストラリアでパイロットをやっています。中学の時から、やりたいことしかやっていなかった彼。身長が中学で40センチものびて、いつも制服がつんつるてんで。でも毎日楽しそうだった彼は一昨年前にあったときは、今度は、ベトナムで医者になるといっていました。なんて突拍子もないことを。でもありえるかもと仲間は思ってしまいます。だって、中学のときの彼からオーストラリアのパイロットってとても想像できなかったんです。私もみんなもどうしてそのこだわりを持って、そして変わらずにいられるのか・・
 社会人になってから、人生の節目というか潮の目がかわるごとに、周りのいる人たちも変わってきます。これは、一種の卒業だなといつも思っています。卒業とは、友達も先生もそして環境もすべてかわってしまう。人生にはそういうのたびたびあります。私も15年会社をやっていますが社員もそうですが、かかわる会社、付き合う人々は会社の成長とともに変わってきます。
このかかわりこそがこだわりを成就させるのでは?と思います。言い方を変えると、こだわりを共感できる人だけかかわってる・・・
私の周りには、いろんなかかわりを持った人がいます。仕事上のお付き合いがあってもなくても、同じ会社でもそうでなくても、友人としてかかわっていく人たちがいます。個人のこだわりを気持ちよく受け入れ、相手のこだわりにも共感できる大切な人生の仲間。こういう仲間がいるから頑張れる自分があるのかな?感じる今日この頃です。こういうかかわりを無理せず、広げ大切にしたいと思っています。

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